【郷土の本】中鉄バス沿線

岡山県にはたくさんのバス会社が存在しています。北部だけに限ってみても、約20年前まで神姫バス、宇野バス、中鉄バス、備北バスの4社がバス路線を持っており、中でも中鉄バスは現在の美作市から真庭市・新庄村までのほぼ全域で路線バスを運行していました。日本文教出版の岡山文庫には、バス会社ごとに沿線の名所をまとめた本もあり、平成8年(1996)に発行されたのが本書です。

中鉄バスの歴史

中鉄バスは「中国鉄道株式会社」として明治29年(1896)に設立された会社です。その2年後の明治31年(1898)には現在のJR津山線を開業、次いで明治37年(1904)吉備鉄道を買収して未開業だった現在のJR吉備線を開業させます。中国鉄道は山陰にまで鉄道路線を延ばす壮大な構想を持っていたそうで、路線バスについても岡山市周辺に留まることなく、県北部へ向けて路線網を拡大させていきます。しかし、鉄道事業については戦時中の昭和19年(1944)に国有化され、戦後はバス会社となりました。

津山線を開業させた会社

その後、沿線人口の減少や車社会化による利用減、21世紀に入ってからは規制緩和による岡山市内での他社との競争激化もあり、その路線網は縮小してきており、また、平成20年(2008)には県北部の路線が中鉄北部バスとして分社化されました。しかし、本書が刊行された平成8年(1996)の時点ではまだまだかなり広い路線網を維持し続けています。

沿線の名所を紹介

本書はそんな中鉄バスの沿線の名所を紹介する本です。まず県南部で、吉備津彦神社や吉備津神社、最上稲荷、高松城址、足守、備中国分寺などが当時の中鉄バス沿線として紹介されています。

備中国分寺
備中国分寺

続いて津山方面では八幡温泉郷、誕生寺、亀甲岩、鶴山公園、柵原鉱山資料館、奈義町現代美術館、奥津温泉、恩原高原など、勝山方面では三休公園、醍醐桜、神庭の滝、湯原温泉、蒜山高原、出雲街道、がいせん桜などが紹介されています。

鶴山公園
鶴山公園

ここで紹介されている名所についての詳述はしませんが、一つだけ例を挙げると、美甘村が「出雲街道歩こう会」を毎年開催していて、多いときで約300人の参加者があることも紹介されており、現在ではトイレも閉鎖され、道も荒れがちな美甘の山中の出雲街道が本書の観光時点ではハイキングコースとしてよく活用されていたことがわかります。

美甘の山中の出雲街道
美甘の山中の出雲街道

本書を読めば、岡山県のバス会社の中で最も広大な路線網を持つ中鉄バスの守備範囲の広さに驚きを感じますし、岡山文庫のバス沿線シリーズの中でも最も読みごたえがある内容となっています。編著者は中鉄バス株式会社の企画部となっており、専門家による本ではないのですが、それゆえ地域の一般市民ならではの視点を感じさせる文章が散見されるのも魅力的です。

路線図を見比べる

沿線の名所ガイド以上に魅力的に思える読者も多いと思われるのが巻頭にある平成7年(1995)10月1日現在の路線図です。「出雲街道を歩こう」とも関わりの深い県北部で終着となっているバス停について挙げてみましょう。

[津山管内の終着バス停](県南部および合併前からの津山市内は除く)吉ヶ原、梶並、馬桑、加茂温泉、越畑、恩原高原、森林公園、富、河本、江与味、和田北、竜山

[勝山管内の終着バス停](県南部は除く)余野上、大倉、神庭の滝、梨瀬、湯原温泉、延助(中曽)、蒜山高原、倉吉駅

まにわくん「中曽・関金ルート」のバス 中鉄美作バス時代は倉吉まで直通していた

結論を言うと、路線の廃止や短縮のため、現在は「全滅」です。唯一、吉ヶ原だけは高下まで路線が延長されたため終着でなくなっただけですが、上記バス停で現在も中鉄北部バスまたは中鉄美作バスのバス停として存続しているのはこの吉ヶ原だけです。地方における路線バスの苦境がはっきりとわかる事実です。なお、これらの廃止されたバス路線の多くは自治体により代替されており、少なくとも合併前の旧市町村の中心部を結ぶような幹線的性格の路線については一般的な民間バス路線と同じような感覚で利用可能です。

蒜山の上福田バス停
蒜山の上福田バス停にはまにわくんのバスが発着

1990年代までの中鉄バスと言えば、岡山駅や天満屋、津山中鉄バスセンターからの「蒜山高原行き」がその象徴でした。観光客の足として活躍していたことはもちろん、国道313号の沿線であれば山間部の小集落からであっても津山や岡山へ乗り換えなしで行けるというのも中鉄バスが提供している大きな価値でした。このあたりは市町村営バスでは代替しきれない部分です。

とは言え、路線網が大幅に縮小している中にも明るい話題はあります。中鉄北部バスは沿線市町村と連携してコミュニティバスの運行を受託したり、路線の再編を行ったりしています。典型例として津山市のごんごバス東循環線は津山市内でバス利用者の目的地となりそうな場所を上手に結ぶ路線の設定により、多くの利用を得ています。また、真庭市では昨秋、岡山から勝山への高速バスを蒜山高原へ延長運行し、期間限定ながら岡山から蒜山への直通バスを復活させました。

期間限定で蒜山高原行きが復活
期間限定で蒜山高原行きが復活

旅に路線バスを利用しよう

近年では、新型コロナウイルスの影響でバス事業者の収益が悪化、また、いよいよ深刻になってきた運転士不足もあって、バス路線の存続はますます厳しくなってきています。中鉄バスでも吉備津神社・稲荷山・大井線が平成30年(2018)から休止となっていますが、これは運転士不足によるもので、現在も路線廃止にはなっていません。人手不足については利用者側の行動で解決できませんが、路線バスをめぐる問題に対して市民がまずできることは利用することです。

大井の街並み
大井の街並み ここの路線バスは休止中

本書の「はじめに」として中鉄バスの当時の社長が『願わくばこの冊子が、楽しい旅の友として、また、定期路線バスで、健康的、且つ気軽な旅に御利用頂ければ、これに過ぎる喜びはありません。』と書かれています。この「定期路線バスで」「気軽な旅に」という点がポイントで、旅に路線バスを利用すれば、中鉄バスが100年以上も守ってきた地域の足を守ることにもつながってきます。岡山県北部のような地域では、通勤など日常生活に路線バスを利用するのは難しい面がありますが、せめて街道歩きのような小さな旅において、路線バスを利用する機会を作りたいものです。

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