【郷土の本】大山みち ~道標と石地蔵が語る大山信仰~

大山道は大山に向かう人々が歩いた道のことなので、鳥取県や岡山県にたくさんのルートがあります。大山道に関する書籍と言えば、鳥取県および岡山県の大山道の歴史の道調査報告書があるほか、当サイト・当ブログでも大いに利用させていただいている「昭和40年代にたどった大山道」も様々な角度から大山道の沿線のことを紹介していますが、意外と大山道に関する書籍は少なく、その全体像の把握を難しくしています。

本書は淀江中央公民館歴史教室が昭和54年(1979)に発行したもので、巻末には25名のメンバーが紹介されていますが、(講師の方は専門かもしれませんが)いずれも一般の市民の方々です。町レベルの歴史教室ということで、旧淀江町のことを調査した成果を発表したものかと思ってしまいますが、本書では県外も含めて多くの調査成果が発表されており、大山道の全体像に迫ることができます。

たくさんの大山道道標を調査

『Ⅱ.大山みちをたずねて』では、大山道について道標を中心にまとめられています。県外の道標も出版物を調べながら多く紹介しています。

倉敷市亀山地区三ノ割の道標
倉敷市亀山地区 三ノ割の道標
真庭市蒜山上徳山地区 鳩ヶ原の地蔵道標
真庭市蒜山上徳山地区 鳩ヶ原の地蔵道標

もちろん、地元の大山周辺については特に詳しく、一部の道標の拓本も巻頭で紹介しています。

米子市尾高地区の道標
米子市尾高地区の道標

注目すべきなのは、歴史の道調査報告書にも掲載されていない道標も紹介している点です。大山道の道標という点については、ある意味ナンバーワンの書籍ということができ、「だいせんみちを歩こう」でも大いに参考にさせていただいています。

日南町上神戸の道標
日野郡日南町神戸上の道標

たくさんの地蔵も調査

大山と言えば「地蔵信仰が育んだ日本最大の大山牛馬市」として日本遺産になっているように、地蔵信仰が一つの特徴で、大山周辺はもちろん、大山道沿いにも多くの地蔵が見られます。道標のように県外の調査までは行われていませんが、本書では『Ⅲ.大山の石地蔵』で、地蔵についても数多く調査し、紹介しています。大山道で大きな特徴となっている一丁地蔵ですが、本書では尾高道の大山観光道路にある一丁地蔵をすべて調査しています。

尾高道の一丁地蔵
尾高道の一丁地蔵

また、大山山内および周辺の地蔵についてもかなりの数を調査し、掲載しています。建立の年月や寄進者等もできる限り調べて一体一体の意味について考察されています。

大山寺参道の餓讖地蔵
大山寺参道の餓讖地蔵

125市町村に対するアンケート調査も

淀江中央公民館歴史教室では、『「大山さんまいり」研究調査』として大山周辺の125の市町村を対象にアンケートを送り、「徒歩で大山さんまいりをするならわしがあったか」「大山へ通じる道へ道しるべがあったか 今もあるか」などの項目があり、「大山みちの略図」の記入も依頼しています。『Ⅳ.125町村アンケート調査にみる中国地方の大山信仰』では、その調査結果を紹介しています。対象となったすべての市町村から回答があったわけではなさそうですが、鳥取・岡山・島根・広島の各県の市町村から多くの回答が掲載されています。

阿哲郡哲西町(現・新見市)上神代地区 市岡の道標
阿哲郡哲西町(現・新見市)上神代地区 市岡の道標

特に興味深いのは各市町村が回答として寄せてきた大山道の略図で、歴史の道調査報告書の対象となっていない道筋や、現在の国道や県道になっていない道筋が描かれているところもあり、かつての大山道のネットワークに思いを馳せることができます。

苫田郡鏡野町中谷地区 大成の道標
苫田郡鏡野町中谷地区 大成の道標

市民の思いとパワーが詰まった調査報告

繰り返しになりますが、本書は専門家が調査・執筆・編集したものではなく、「淀江中央公民館歴史教室」という市民が任意で参加する生涯学習の場で作られたものです。道標や地蔵の調査以外に『Ⅰ.大山まいりの思い出』などで、メンバーが知る昔の話や大山および大山道の思いについて多くのページが割かれています。

本書のあとがきには『私たちのグループの力で出来ることは、いま大山に残されている金石文を調べ、いま記憶されている古老たちの体験を記録して、次の世代に伝えてやることだと考えた。』『この本がきっかけとなって、より盛んに大山研究の行なわれることを私たちは望んでいる。』『私たちの郷土を愛する心情のあらわれが、微力ながらこの本に結集されたことを組んでいただきたい。』とあります。淀江に暮らす人々の大山および大山道への強い思いがひしひしと感じられます。

淀江公民館前の道標
淀江公民館前の道標

本書の発行は昭和54年(1979)。平成前期に各都道府県で歴史の道調査報告書が発行されるよりもかなり前に、市民レベルでこれほどの調査を行い、これほどの本を発行したことは驚嘆に値すると言えるでしょう。まさに大山山麓に位置する淀江の人々の大山と大山道に対する思いとパワーが本書を実現したというところです。

参勤交代に使われたような主要街道とは違い、大山道は庶民の道で、公式的な記録はどうしても少ないですが、しかし、市民レベルで発行したこのような本により、その歴史は後世に残ります。約45年前の本だけに、本書の発行に携わった歴史教室のメンバーもほとんどが鬼籍に入られていることでしょうが、本書のおかげで、その発行の2年後に生まれた(孫世代の?)私が微力ながら「だいせんみちを歩こう」で大山道について発信しているように、専門家でもない庶民が大山道の歴史を語り継ぐことができていると言えます。

『大山みち ~道標と石地蔵が語る大山信仰~』

編集 淀江中央公民館歴史教室

発行 淀江中央公民館

発行年 昭和54年(1979)

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