三坂峠周辺の道標
岡山県内最大の牛馬市が開かれ、大山道の中でも最大の拠点だったのが真庭市の久世でした。しかし、大山から久世までの大山道は山また山の道のりで、久世の北には長く険しい三坂峠がありました。三坂峠を迂回する道筋もあり、その周辺にはそれらの道を示す道標が残されています。
三坂峠の北 釘貫の道標
三坂峠の北は釘貫小川地区で、峠の入口にあたる釘貫の集落に道標があります。
「右ハ三坂山」
「右ハくせミち 三里」
「左ハをくむろ」
小さな道標ながら久世までの距離が表示されていることが特徴であり、かつて三坂峠を越えて久世に至るルートが重要な道だったことが読み取れます。しかし、久世までの距離は三里ですが、「三坂三里は五里ござる」と言われた難所です。一方、直進は大平峠を越える道で峠を越えると兼秀集落を経て余川の谷に出ます。現在でも狭いとはいえ県道326号として自動車が通り抜けできることからも想像できるように、三坂峠よりは穏やかな峠道となります。「をくむろ」がどこのことなのかはわかりませんが、三坂峠以外の選択肢を示している可能性が考えられそうです。

三坂峠の道標
釘貫から長い峠道を南下していくと、三坂峠に至る少し手前に道標があります。
「右 久世」
「左 三しやう」
この道標の場所に分岐はありませんが、少し南に行くと山道同士の交差点があり、北から来た場合の予告標識のようになっています。右が三坂峠と十石茶屋を経て三坂・久世へ下っていく道で、左は足尾滝のある山生(さんしょう)の集落で、「三しやう」は山生のことを指しています。どちらとも古道がほぼそのままに三坂山の登山コースとなっているため、現在でも歩くことができます。山生を経由するルートは余川から目木川の谷に入って目木で出雲街道につながるため、出雲街道を利用して目木以東から大山に向かう近道として利用されていたそうです。

三坂峠の南東 行当の道標
先述した大平峠・兼秀集落経由の道、足尾滝・山生集落経由の道とも峠を越えると、県道65号が通る余川の谷に出ます。谷をしばらく下り、樫西地区の中心となる行当の集落には県道65号と県道82号の交差点があり、そこにまた道標が立っています。
「右 久世」
「左 目木」
大きくはっきりした字が彫られた読みやすい道標で、県道65号の久世方面、県道82号から県道327号に入る目木方面と案内内容もシンプルです。

山中に古道のネットワーク
真庭市の中心部から北部の間の山は県境に劣らない険しさで、三坂峠は岡山県の大山道では最大の難所でした。現在の高速道路でも、三坂峠近辺の山々を貫く摺鉢山トンネルが米子自動車道で最長のトンネルです。しかしながら、この険しい山々の中にも大平峠越えの道、山生集落経由の道、三坂集落経由の道と3つの道があり、三坂峠を囲むように「日」の字型のネットワークができていました。これらの道標はそのような山中の古道のネットワークを現在に伝えているものだと言えます。
出雲街道・大山道と周辺の道標マップ:当ブログと連動したGoogleマイマップです。