美咲町の誕生寺道標
出雲街道を歩いた人々の主な目的地の一つとなっていたのが、法然上人(圓光大師)ゆかりの誕生寺で、山陽道から出雲街道が分岐する姫路市の下手野や青山にある道標にも「圓光大師二十五霊場」「誕生寺」の文字が見え、さらに出雲街道から誕生寺への道が分岐する美作市にも誕生寺を指す道標がいくつもあることはご紹介しました。美作市と誕生寺がある久米南町の間は美咲町で、美咲町にも誕生寺を案内する道標が見られます。
行信の道標
美咲町の百々地区および行信地区は旧柵原町のうち吉井川左岸の各地区の中心となっていた場所です。百々地区には県道52号と県道379号の交差点があり、大宮神社の大御幸桜という後醍醐天皇の伝説もあります。県道370号からその東の行信地区の集落に入る石田橋の北詰に道標があります。
「右 かも谷津山」
「左 だいとうたん生寺」道
「かも谷」とは津山市北東部を流れる加茂川の谷と考えられ、右に行けば現在も柵原星のふる里バスが通る県道52号および県道413号の道筋で津山市の東部に出ます。「だいとう」とは吉井川右岸の大戸地区のことで、道筋としては大戸を経て誕生寺がある久米南町に至る県道52号のことを指しています。

大戸の道標地蔵
行信の道標で案内された吉井川大戸地区はかつて高瀬舟の川湊となっていた場所であるとともに、右岸の交通拠点で、勝久橋が架けられている付近にはかつて渡し場があり、現在も県道26号と県道52号という主要地方道同士が交差しています。その大戸の交差点から県道52号を弓削方面に50mほど行った場所に立派な地蔵坐像があり、台座が道標になっています。

(正面)
「本山寺道」
(右面)
「誕生寺江二里半」
(西面)
「津山江三里 一ノ宮江四里 二ノ宮江四里」
文政4年(1852)
江戸時代のものですが、距離が明示され、字が大きく読み取りやすいのが特徴です。少し移設されているようで、向きについても北東に向いていて南西の本山寺を案内し、北西側に津山と一ノ宮(中山神社)、二ノ宮(高野神社)、南東側に誕生寺の距離案内があったものと思われます。この周辺地区は同じ吉井川の谷筋で、中鉄北部バスでも結ばれている津山とのつながりが深い場所ですが、距離としては誕生寺の方が近いのも意外なところで、誕生寺への参詣者も吉井川を渡ってこの道標地蔵を見たとき、誕生寺が近づいてきたと感じたことでしょう。

出雲街道・大山道と周辺の道標マップ:当ブログと連動したGoogleマイマップです。